外国人社員が退職したとき、企業側が最後に聞くのは、
「キャリアアップのため」
「別の仕事に挑戦したい」
「家庭の事情」
といった、短い退職理由だけかもしれません。
しかし、本当に知りたいのは、その一言に至るまでに何があったのかではないでしょうか。
いつから違和感を持っていたのか。
会社からの指導を、本人はどう受け止めていたのか。
そして、どこから会社と本人の認識がずれていったのか。
退職した後だからこそ、話せることもあると思います。
「退職者の本音」では、日本企業で働いた外国人材に、在職中には十分に話せなかったことを聞いていきます。
今回話を聞いたのは、アフリカ出身のMさんです。
Mさんは約20年前、エンジニアだった父親とともに来日し、約5年間日本で生活しました。
その後母国へ戻り、大学で理工系分野を専攻。再び日本へ渡り、日本の大学で同分野の修士・博士課程を修了しました。
しかし、博士課程修了後の就職活動は思うように進まず、半年近く仕事が決まりませんでした。
そんなMさんを採用したのが、地方企業で働く派遣社員のポジションでした。
「博士課程を修了してもなかなか仕事が見つからず、アルバイトをしていました。そんな自分を採用してくれたことには、今でも感謝しています」
しかし、その仕事は1年を待たずに終了します。
給与でも、勤務地でも、生活環境でもありませんでした。
Mさんと会社の間で最後まで埋まらなかったのは、「仕事の進め方」に対する認識の違いでした。
最初の6か月は、特に問題を感じていなかった
入社前、Mさんはハードウェア・ソフトウェア開発に関わる仕事だと説明を受けました。
大学では英語で授業を受けることが多く、会社から日本語で受けた仕事内容の説明を100%理解できていたわけではなかったといいます。
それでも、自分が大学や研究で身につけてきた経験を活かせると考え、入社を決めました。
入社後しばらくは、大きな問題もありませんでした。
日本での生活経験も長く、地方で暮らすことにも特に不満はありませんでした。
変化が現れたのは、入社から半年ほど経った頃です。
仕事にも慣れてきたと感じたMさんは、
「もう少し難しい仕事を担当したい」
と会社に伝えました。
しかし、返ってきたのは、
「まだ入社して半年程度なので、もう少し様子を見たい」
「報連相の部分にも課題がある」
という回答でした。
ここから、「報連相」をめぐるすれ違いが始まります。
「報連相が足りない」。でも、何をすればいいのか分からなかった
入社から10か月ほど経ったある日、Mさんは上司から会議室に呼ばれ、
「報連相が十分にできていない」
と改めて指摘を受けました。
しかし、Mさんにはその意味がうまく理解できませんでした。
「母国で働いていたときは、自分の仕事をきちんとやれば問題ありませんでした。報連相について、こういう指摘を受けたこともありませんでした」
Mさんが分からなかったのは、「報連相」という言葉そのものではありません。
何を、いつ、どの程度まで報告すれば、会社が求める報連相になるのか。
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「報連相が足りない」と感じる背景には、本人と会社で「何を報告すべきか」の基準が違うケースもあります。実際の事例から、報告範囲の認識のズレについて考えた記事です。
その基準が分からなかったといいます。
何度も指摘を受け、自分なりに改善しようとはしたものの、
「なぜそこまで報告する必要があるのか」
という疑問は残り続けました。
「成果を出せばいい」と「プロセスも重要」のすれ違い
仕事の進め方についても、両者には違いがありました。
Mさんは、より早く効率的に成果を出せる方法があるなら、その方法を使うべきだと考えていました。
そのため、自分なりに効率的だと思う方法で仕事を進めることもありました。
しかし、会社から返ってきたのは、
「マニュアル通りに進めていない」
「会社のルールに沿っていない」
という指摘でした。
「自分としては、より効率的な方法で成果を出したつもりでした。それなのに、マニュアルに従っていないことばかり注意されるのが理解できませんでした」
一方で、企業側には「決められたプロセスを守ってほしい理由」があった可能性があります。
特に製造業では、最終的な成果物だけではなく、品質の再現性や情報共有、作業手順などが重要になる場面もあります。
Mさんにとっての「良い仕事」と、会社にとっての「良い仕事」。
その定義が、最初から同じではなかったのかもしれません。
毎日のTodoリスト。改善策が、本人には「監視」に見えた
その後、派遣会社の担当者との面談頻度も増え、Mさんは毎日退勤前にTodoリストを作成し、業務の進捗状況を報告するよう求められました。
報連相を習慣化するための改善策だった可能性があります。
しかし、Mさんは違う受け止め方をしていました。
「なぜこんな非効率なことを毎日しなければならないのか、正直理解できませんでした」
Mさんによると、Todoリストの目的について尋ねても、
「日本の会社のルールだから」
という説明を受けたといいます。
納得できず、自宅に帰ってからインターネットで日本企業の働き方について調べたこともありました。
一方で会社側からは、
「内容に真剣さが感じられない」
「提出せずに帰ることがある」
といった指摘も受けるようになります。
会社側から見れば、
「改善するために具体的な方法まで用意したのに、本人が実行してくれない」
という状況だったのかもしれません。
一方、Mさんから見れば、
「目的が分からない非効率な作業を、毎日やるように言われている」
という状況でした。
同じTodoリストを見ていても、その意味は両者でまったく違っていました。
指導が増えるほど、「差別されている」と感じるようになった
面談や指摘が繰り返されるにつれて、Mさんの中には強い不公平感が生まれていきました。
博士号を持ち、技術的な能力にも自信がある。
もっと難しい仕事にも挑戦したい。
それなのに任される仕事は変わらず、報連相や態度について何度も指摘され、Todoリストまで毎日提出するよう求められる。
Mさんは次第に、
「自分が外国人だから、このような扱いを受けているのではないか」
と考えるようになったといいます。
当時は一連の指導をパワーハラスメントや差別のように感じ、上司に強く反論したこともありました。
一方で企業側からすれば、改善が見られないため、より具体的な管理が必要だと判断していた可能性もあります。
結果として、
会社が改善を求める
→ 本人は監視・差別だと感じる
→ 指導に反発する
→ 会社はさらに「改善が見られない」と判断する
という悪循環が生まれていたのかもしれません。
どちらか一方に悪意があったというより、途中からお互いの見ているものが大きく違ってしまった。
Mさんの話を聞きながら、私はそんな印象を持ちました。
「その会社だけの問題ではなかった」
その後、Mさんの派遣は終了し、別の会社へ転職しました。
ところが、新しい会社でも仕事の進め方やコミュニケーションをめぐって似たようなストレスを感じ、結果的にその会社も退職しました。
ここでMさんの考え方が変わります。
「その会社だけの問題ではなかったのです」
最初の会社を辞めたときは、会社側に問題があると強く考えていました。
しかし、環境を変えても同じような問題が起きた。
そこで初めて、
「自分自身も変わらなければならない部分があるのではないか」
と考えるようになったといいます。
「今は、自分もこの国の文化、日本企業の文化に合わせていかなければならない部分があると分かりました」
Mさんは日本で長く生活し、日本の大学で修士・博士課程まで修了しています。
それでも、
日本で長く生活することと、日本企業で働くことは同じではなかった。
Mさん自身も今では、
「日本企業で働く前に、企業文化や仕事の進め方についてもっと勉強しておけばよかった」
と振り返っています。
「最初の1か月に説明されていたら、自分の行動は変わっていた」
私はMさんに一つ質問しました。
もし入社して最初の1か月に、
「この会社では、技術力や成果だけではなく、報連相、仕事の進め方、プロセス、周囲との連携も評価しています」
と具体的に説明されていたら、自分の行動は変わっていたと思うか。
Mさんの答えは明確でした。
「はい。十分に変わっていたと思います」
そしてMさんは、派遣という働き方についても振り返りました。
派遣会社は採用から派遣先が決まるまでは非常に熱心だった。
しかし、実際に働き始めると連絡が少なくなったと感じたそうです。
一方の派遣先についても、自社の正社員ではないため、仕事を任せ、問題があれば派遣会社へフィードバックするという関係だったように感じたといいます。
この話を聞いて、私は一つの疑問を持ちました。
配属した後、誰がMさんに「この会社で働く方法」を教える役割だったのでしょうか。
派遣先でしょうか。
派遣元でしょうか。
それとも、Mさん自身でしょうか。
おそらく、誰か一人だけが担うものではないと思います。
しかし、全員が「誰かがやるだろう」と考えてしまえば、その間から抜け落ちるものがあります。
今回のケースでは、それが「日本企業で働くうえで求められる行動を、本人が理解できる形で伝えること」だったのかもしれません。
今は「外国人への教育・サポート体制」も会社選びの基準に
現在、Mさんは再び就職活動をしています。
会社選びの基準も以前とは少し変わりました。
技術的に成長できるか。
キャリアアップできるか。
もちろん、今でも重要です。
しかし現在は、それに加えて、
「外国人社員に対する教育やサポート体制が整っているか」
も確認するようになったといいます。
最初の会社を離れた理由は、給与でも勤務地でもありませんでした。
地方での生活にも不満はなく、
「関係が違っていれば、何年でも働くつもりだった」
と話しています。
だからこそ本人にとっても、予想していなかった理由で退職が続いたことには、悔しさが残っているようでした。
ヒトデタリナイの視点|「何度も伝えた」と「理解した」は同じなのか
今回のインタビューで、私はMさんと企業のどちらが正しかったのかを決めたいとは思いません。
企業側から見れば、何度も面談を行い、Todoリストという具体的な改善方法まで用意しています。
それでも提出しなかったり、会社が求めるプロセスを守らなかったりすれば、
「改善する意思がない」
と判断されるのも理解できます。
一方、Mさんは最後まで、
「なぜそれをする必要があるのか」
を十分に理解できていませんでした。
ここで私が気になったのは、
「伝えた回数」と「相手が理解したか」は、必ずしも同じではない
ということです。
派遣前に一度説明しただけでは、実際の職場で自然にできるようになるとは限りません。外国人派遣社員の教育を、派遣前・現場・派遣元のフォローに分けて考えた記事はこちらです。
たとえば「報連相をしてください」だけではなく、
「このタイミングで、この情報を、この人に伝えてください。なぜなら、この情報がないと次の担当者が判断できないからです」
と、行動と目的をセットで伝える。
Todoリストについても、
「日本の会社だからやる」
ではなく、
「あなたを監視するためではなく、まず一定期間、仕事の進め方と報告のタイミングを一緒に確認するために使います」
と目的を共有する。
そして説明した後に、
「分かりましたか?」ではなく、「どう理解しましたか?」と確認する。
私自身も、日本企業で働いていた時に、実際には十分に理解できていないのに「分かりました」と答えてしまった経験があります。なぜそう答えてしまったのか、その時の職場の雰囲気や自分の気持ちについて、別の記事で詳しく書いています。
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「外国人社員の「分かりました」は本当に理解している?日本企業で働いた私が感じたこと」
私自身も外国人材の支援に関わる中で、最近は「説明したか」よりも、「本人がどう理解したか」を確認することを意識するようになりました。
すれ違いを完全に防ぐことはできなくても、早い段階で認識の違いに気づくきっかけにはなると感じています。
外国人社員との面談で、本人の理解や本音をどう確認するかについては、具体的な質問項目とあわせてこちらの記事でまとめています。
ここまで行えば、今回の結果が変わったとは言い切れません。
それでも、認識のずれをもう少し早く発見できた可能性はあるのではないでしょうか。
もちろん、企業側だけが合わせ続ければよいとも思いません。
外国人社員側にも、その会社で働く以上、自分がこれまで経験してきた仕事の常識だけを基準にせず、その会社が大切にしている仕事の進め方を理解しようとする姿勢は必要です。
そして派遣社員の場合、もう一人重要な存在がいます。
派遣元です。
私自身、外国人材と派遣先の間に入る中で、派遣元の役割は契約管理だけではないと感じる場面が何度もありました。
本人には派遣先が何を求めているのかを伝え、派遣先には本人がなぜ違和感を持っているのかを伝える。
その間をつなぐことも、派遣元ができる支援の一つだと私は考えています。
今回のケースで、一つだけ何かを変えれば退職を防げたのかは分かりません。
Mさん自身も二度の退職を経験して、
「自分も変わる必要があった」
と話しています。
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外国人社員の離職は、給与や仕事内容といった分かりやすい理由だけで起きるとは限りません。私が現場で感じてきた主な離職原因と企業ができる対策について、こちらの記事でまとめています。
だからこそ、この話を単純な「外国人社員への配慮不足」という結論だけで終わらせたくありません。
企業、派遣元、そして本人。
それぞれにできることがあったのではないでしょうか。
もし自社に外国人社員が入社したとき、
誰がその人に「この会社で働く方法」を伝えるのか。
そして、
「説明したか」ではなく、「本人がどう理解したか」まで確認できているか。
Mさんの話を聞いて、私は改めてこの二つを考えさせられました。
皆さんの会社では、どうでしょうか。



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