外国人派遣社員を担当していた頃、派遣先から何度かこんなことを言われたことがあります。
「本当にビジネスマナーを教えているんですか?」
その言葉を聞くたびに、私は少し複雑な気持ちになりました。
もちろん、何も教えずに派遣していたわけではありません。
派遣前には1~2時間ほど時間を取り、挨拶、報告・連絡・相談、時間の考え方、メール、服装、職場でのコミュニケーションなど、日本企業で働くうえで必要になりそうな基本的な内容を説明していました。
研修後には資料や学習用のWebサイトも共有し、本人が後から確認できるようにもしていました。
それでも、実際に働き始めると派遣先から指摘が入ります。
例えば、
- 朝、出社しても周囲への挨拶が小さく、そのまま席に向かってしまう
- チーム全体の会議で、なかなか自分から意見を言わない
といったことです。
当時の私は、
「派遣前に教育はしています」
と説明しながら、心の中ではこんなことも考えていました。
数時間の研修だけで、それまで長い時間をかけて身につけてきた習慣や考え方まで、すぐに変えることができるのだろうか。
一方で、派遣先からすれば、
「一緒に働く以上、職場の基本的なルールには合わせてほしい」
と感じるのも自然なことだと思います。
では、外国人派遣社員が日本の職場に適応していくための教育は、誰がどこまで担えばよいのでしょうか。
私自身、現場で何度もこの問題にぶつかってきました。
今回は、その経験から考えてみたいと思います。
派遣前に教えたからといって、すぐにできるとは限らない
日本のビジネスマナーと一言で言っても、その範囲はかなり広いものです。
挨拶、上司への報告、会議での振る舞い、時間に対する考え方、メールの書き方、質問するタイミング、周囲とのコミュニケーション。
1~2時間の研修で一通り説明することはできます。
ただ、どうしても広く浅く伝える研修になります。
私たちも、できるだけ必要なことを伝えようとしていました。
しかし今振り返ると、
「知っていること」と「実際の職場で自然にできること」は別だった
のだと思います。
本人が研修で「分かりました」と答えていても、実際の場面になれば、それまでの習慣の方が先に出ることがあります。
私自身も外国人として日本で働いてきましたが、仕事のルールの中には、説明を聞いた時にはよく分からず、実際にその状況を経験して初めて意味が分かったものもありました。
だから今は、派遣前教育は必要だけれど、それだけで日本の職場への適応が終わるわけではないと考えています。
「朝の挨拶」をめぐって、派遣先と本人の見え方は違っていた
実際に指摘を受けた一つが、朝の挨拶でした。
その外国人派遣社員は、朝出社した時に積極的に挨拶をするタイプではありませんでした。
まったく挨拶をしないわけではありません。
ただ、声が小さかったり、そのまま自分の席へ向かったりすることがあり、派遣先ではそれが気になっていたようです。
私自身も、きちんと挨拶をする人には良い印象を持ちます。
ただ、この時に考えたのは、
本人と派遣先では「挨拶」が持つ意味そのものが少し違っていたのではないか
ということでした。
派遣先では、朝の挨拶を単なる形式ではなく、チーム内のコミュニケーションの一つとして大切にしていました。
一方、本人には周囲を無視しようという意図があったわけではありません。
本人の性格や、それまで生活・勤務してきた環境の中では、その程度の挨拶でも特に問題にならなかったのかもしれません。
だからこそ、
「もっと挨拶してください」
だけではなく、
「私たちの職場では、朝の挨拶をチーム内のコミュニケーションとして大切にしています」
と背景まで伝えることが大切だったのではないかと思います。
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「何をすべきか」だけでなく、「なぜそれが必要なのか」まで伝わっていないことで、指導が本人には別の意味で受け取られてしまうことがあります。報連相をめぐって実際に起きたすれ違いはこちらで紹介しています。
日本の会社すべてが同じという話ではありません。
その職場が何を大切にしているのかを本人に言葉で伝えることが必要だった、という話です。
会議で発言しないのは、本当に「ビジネスマナーの問題」だったのか
もう一つ、派遣先から言われたのが、
「会議でもっと積極的に発言してほしい」
ということでした。
派遣先の気持ちも理解できます。
同じチームで働く以上、自分の考えを伝えたり、問題があれば共有したりしてほしい。
それは仕事を進めるうえで大切なことです。
ただ、私はこの話を聞いた時、
「これは単純にビジネスマナーができていないという話なのだろうか」
とも感じました。
その外国人派遣社員は、当時まだ日本語に十分な自信がある状態ではありませんでした。
多くの日本人社員がいる会議で、
「何か意見はありますか?」
と言われた時に、すぐ自分の考えを日本語でまとめて発言することは、本人にとってかなり高いハードルだったと思います。
もちろん、外国人社員すべてがそうだという話ではありません。
日本語力だけでなく、性格や経験によっても違います。
だからこそ、会社が期待する行動をすべて「ビジネスマナー」という言葉でまとめてしまわない方がよいのではないかと私は考えるようになりました。
「会議では積極的に発言してください」だけではなく、
「問題があれば早めに共有してほしい」
「あなたの意見もチームの判断材料にしたい」
など、なぜその行動を求めているのかを伝えれば、本人の受け止め方も変わるかもしれません。
「教育不足」ではなく、まだ経験している途中だった
今回の外国人派遣社員も、指摘を無視していたわけではありません。
注意を受ければ、
「こういう行動はこの職場では良くないのだ」
ということは理解していました。
ただ、今まで自然にしてきた行動を、一度言われただけですぐに変えることは難しかったようです。
何度か同じような指摘を受けながら、少しずつ行動が変わっていきました。
私の記憶では、派遣先からそうした指摘がほとんど来なくなるまでに3か月ほどかかりました。
最終的には本人も職場に適応していきました。
この経験を振り返ると、
「教育を受けていない」のではなく、「まだ経験を通して身につけている途中」だったのではないか
と考えています。
もちろん、「外国人だからできなくても仕方がない」という話ではありません。
本人にも、注意された理由を考え、自分で調べ、分からなければ質問し、同じ指摘を何度も受けないよう努力する姿勢は必要です。
ただ同時に、
最初から知っていることを前提にすることと、知らないことを少しずつ身につけてもらうことは違う
とも感じています。
派遣元には、現場で起きたすべてを見ることができない
外国人派遣社員の教育で難しいのが、この点でした。
派遣元は本人をフォローできます。
しかし、毎日横で一緒に働いているわけではありません。
「今朝、挨拶が小さかった」
「今日の会議で発言しなかった」
「報告のタイミングが少し遅かった」
といった出来事は、派遣先や本人から聞かなければ知ることができません。
特に報連相については、派遣先と本人で「何を、どのタイミングで報告すべきか」という基準そのものが違っていることもあります。詳しくは「外国人社員に『報連相が足りない』と感じるのはなぜ?現場で見えた『報告すべきこと』の認識のズレ」で紹介しています。
私も派遣先から、
「もっとしっかり教育してください」
と言われるたびに、
「派遣元として何が足りなかったのだろう」
と考えていました。
一方で、正直なところ、
「この程度のことなら、その場で理由と一緒に本人へ伝えてもらえれば、もっと早く理解できるのではないか」
と思ったことも何度もありました。
数週間後に私から伝えるより、その場で
「この会社では、こういう理由でこうしています」
と説明してもらった方が、本人も状況と結びつけて理解できます。
ここは派遣元だけでは埋められない部分だと感じました。
「派遣社員だから」という距離が、教育の空白を作ることもある
私が現場で感じていたもう一つの違いが、正社員と派遣社員への接し方でした。
もちろん会社によって違いますが、自社で新しく社員を採用すれば、社内ルールを説明したり、研修を行ったり、先輩社員が仕事の進め方を教えたりすることがあります。
一方、派遣社員の場合は、初日から比較的すぐに業務へ入るケースもありました。
派遣先からすれば、
「雇用しているのは派遣会社なのだから、基本的な教育は派遣元が行うものだ」
という感覚もあったのかもしれません。
一方、私たち派遣元からすると、その会社独自の仕事の進め方や、チームが大切にしていることまでは、外からすべて教えることができません。
ここに、少しずつ認識のズレが生まれます。
派遣先は、
「派遣元が教えていると思っていた」。
派遣元は、
「現場では必要なことをその都度教えてもらえると思っていた」。
本人は、
「必要なことは誰かが教えてくれると思っていた」。
もし三者がそう考えていたとしたら、その間にあるものは誰にも説明されないまま残ってしまいます。
私は、この部分が外国人派遣社員の教育で起こりやすい「空白」の一つなのではないかと思っています。
今の私は、「誰の責任か」より三つをつなぐことが大切だと考えている
では、誰が教育するべきなのでしょうか。
すべての会社に当てはまる一つの答えがあるとは思っていません。
ただ、これまでの経験から、今は大きく三つに分けて考えています。
派遣前に基本を伝える
派遣元として、配属前に日本企業で働くうえでの基本的な考え方やビジネスマナーを説明する。
短時間ですべてを身につけてもらうのではなく、
「これから現場で経験することの基礎知識を持ってもらう」
という位置づけの方が現実的だと思います。
現場で起きたことは、その場で伝える
実際の職場で何かズレが起きた時には、派遣先からも本人へ伝えてもらう。
その時に、
「ダメです」
だけではなく、
「私たちの職場では、なぜこれを大切にしているのか」
まで一言添えてもらう。
これは毎日一緒に働く派遣先だからこそできることです。
また、「やめた方がいい」と伝えるだけでは、本人が次にどう行動すればよいのか分からなくなることもあります。実際に、人との距離感について注意を受けた後、必要以上に人へ話しかけなくなってしまった外国人社員のケースは、「友達を作りたかっただけなのに|日本で『話しかける距離感』に悩んだ外国人社員」で紹介しています。
後から派遣元が認識を確認する
そして派遣元は、定期的に本人と話し、
「最近、何か注意されたことはありましたか?」
「なぜ注意されたのか理解できていますか?」
「派遣先に聞きにくいことはありませんか?」
などを確認する。
必要であれば派遣先にも状況を確認し、双方の受け止め方に大きなズレがないかを見る。
私はこの部分こそ、派遣元が間にいる意味の一つだと考えています。
本人にも「適応する側」としてできることがある
そしてもう一つ忘れてはいけないのが、本人の役割です。
派遣元と派遣先がすべて準備してくれるのを待つだけでは、適応は進みにくいと思います。
注意を受けたら、その理由を考える。
分からなければ質問する。
必要なら自分でも調べる。
一度教えてもらったことはメモする。
同じ指摘を何度も受けないように意識する。
新しい環境で働く以上、本人にもこうした努力は必要です。
外国人社員を支援することと、何でも周囲が代わりにやることは同じではありません。
むしろ、
本人が自分で職場を理解していけるように周囲が補助する
くらいの関係が現実的なのではないかと、今は考えています。
まとめ|「教育したか」ではなく、その後まで見る
当時の私は、派遣先から
「ちゃんと教育しているのか」
と言われるたびに、
「こちらでも教育しているのだから、現場でももう少し教えてくれればいいのに」
と思っていました。
今でも、実際の現場にいる人だからこそ伝えられることはあると思っています。
ただ今振り返ると、誰の責任かを決めることよりも、
派遣前に基本を伝える。
現場で経験した時に伝える。
後から理解できているか確認する。
本人も、自分で身につけようとする。
この流れが途中で切れないことの方が大切だったのではないかと思います。
派遣前に研修を実施しても、その日からすべてを実践できるとは限りません。
説明を聞き、実際の職場で経験し、指摘を受け、理由を理解し、自分でやってみる。
その繰り返しの中で少しずつ身についていくこともあります。
だからこそ、外国人派遣社員の行動に違和感を感じた時、
すぐに
「派遣元はちゃんと教育しているのか」
だけで終わらせるのではなく、
「本人は、なぜこの行動が必要なのかまで理解しているだろうか」
と一度考えてみてもよいのではないでしょうか。
そして派遣元も「事前に説明しました」で終わらず、実際の現場で身についているかを確認する。
本人も、指摘されたことを次の行動に生かす。
誰か一人が全部やるのではなく、三者の間で教育が途切れないようにする。
それが、外国人派遣社員が新しい職場に適応していくうえで大切なのではないかと、今は考えています。
皆さんの職場では、外国人派遣社員に何かを「教えた後」、実際に身につくまで誰がフォローしているでしょうか。



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