外国人社員とのコミュニケーションについて、
「日本語で説明したのに、なぜ伝わらなかったのだろう」
「何度も注意しているのに、なぜ同じことが起きるのだろう」
「本人のために配慮したのに、なぜ不満を持たれたのだろう」
と感じることがあります。
こうした問題が起きると、
「日本語力の問題ではないか」
「文化が違うから仕方がない」
と考えたくなることもあるかもしれません。
もちろん、日本語力や、これまで働いてきた環境、生活してきた文化的背景が影響することはあります。
ただ、これまで外国人材の派遣、定着支援、面談、企業との調整に関わり、自分自身も外国人として日本企業で働いてきた中で、私はそれだけでは説明できない場面を何度も見てきました。
会社側では、
「十分に説明した」
と思っている。
本人は、
「何を求められているのか分からない」
と感じている。
会社側では、
「本人のために配慮した」
と考えている。
本人には、
「成長する機会を与えてもらえない」
と見えている。
同じ出来事でも、立場によって意味が違って見えることがあります。
そのため今は、
外国人社員とのコミュニケーションでは、「何を言ったか」だけでなく、「相手にはどう見え、どう聞こえていたのか」を見ること
が大切なのではないかと考えています。
この記事では、これまで実際の現場で経験してきたケースから、外国人社員との間ですれ違いが起きた7つの場面を振り返ります。
もちろん、すべての外国人社員に当てはまる話ではありません。
同じような問題でも、本人の性格、日本語力、職務経験、雇用形態、職場環境、上司との関係などによって状況は変わります。
一つの正解を出すというより、
同じ出来事が、なぜ会社と本人で違って見えたのか
を考えてみたいと思います。
1.「分かりました」が、同じ理解を意味していない
上司が仕事を説明した後、
「分かりましたか?」
と確認する。
本人が、
「はい、分かりました」
と答える。
それを聞けば、
「理解したのだろう」
と思うのは自然です。
しかし、必ずしもそうとは限りません。
これは私自身にも経験があります。
以前、日本企業で働いていた時、技術的な説明を十分に理解できていないにもかかわらず、
「分かりました」
と答えたことがありました。
周囲に先輩や同僚がいる。
自分だけ「分かりません」と言いにくい。
一部分は理解できたので、たぶん大丈夫だと思った。
そうしたことが重なっていました。
当時の上司から見れば、
「本人が分かったと言った」
という事実があります。
一方、私の中では、
「完全には分かっていないけれど、とりあえず進めよう」
という状態でした。
同じ「分かりました」でも、その中身は同じではありませんでした。
だから私は現在、
「分かりましたか?」
だけではなく、
「次に何をする予定ですか?」
「今の説明を、どう理解しましたか?」
と本人の言葉で確認することを意識しています。
詳しくは、私自身の経験をまとめた
「外国人社員の『分かりました』は本当に理解している?日本企業で働いた私が感じたこと」
で書いています。
2.「報告すべきこと」の範囲が、会社と本人で違う
「報連相が足りない」
という指摘も、外国人社員の支援をしている中で何度か聞いてきました。
ただ、現場を見ていると、
そもそも、
「何を報告すべきことだと考えているのか」
が会社と本人で違うケースがあります。
例えば会社側では、
「この作業が終わったら報告する」
「予定が変わったら伝える」
「問題が起きそうな段階で相談する」
ことを期待している。
一方、本人は、
「自分の担当業務が終われば問題ない」
「問題が起きてから報告すればよい」
と考えていることがあります。
仕事以外でも似たことがありました。
以前、休暇中の予定について「国内旅行」と伝えていた外国人社員が、実際には母国へ帰国していたケースです。
本人にとっては、
「休暇中にどこへ行くかはプライベート」
だったのかもしれません。
会社側から見ると、
「海外へ行くのであれば、何かあった時のためにも事前に知っておきたい」
という情報でした。
このケースでは、
「会社に伝えるべき情報」の境界線そのものが違っていた
可能性があります。
詳しくは、
「外国人社員に『報連相が足りない』と感じるのはなぜ?現場で見えた『報告すべきこと』の認識のズレ」
で紹介しています。
3.改善のための指導が、本人には「監視」に見える
ある外国人派遣社員は、
「報連相が足りない」
と何度も指摘を受けていました。
会社側は改善のために、毎日Todoリストを作成し、進捗を報告する方法まで用意しました。
会社から見れば、
「改善するための具体的な方法を用意した」
ということだったと思います。
しかし本人には、
「なぜ自分だけ毎日細かく管理されなければならないのか」
と見えていました。
さらに本人によると、Todoリストを作る理由について、
「日本の会社のルールだから」
と説明されたこともあったそうです。
理由が十分に理解できないまま管理だけが強くなり、本人は次第に、
「外国人だから差別されているのではないか」
と感じるようになりました。
一方、会社側では、
「改善を求めているのに、本人が実行しない」
という評価が強くなっていきます。
会社は改善策だと思っている。
本人は監視だと感じている。
同じTodoリストでも、意味がまったく違っていました。
ただ、この話には続きがあります。
本人はその後、別の会社でも似たような問題を経験し、
「自分にも変わる必要があった」
と振り返るようになりました。
だから私は、このケースを、
「会社が悪かった」
「本人が悪かった」
のどちらか一方だけで説明するのは難しいと思っています。
詳しくは、
「【退職者の本音 #01】なぜ外国人派遣社員は『改善指導』を差別と感じたのか|報連相をめぐるすれ違い」
で紹介しています。
4.優しく伝えたつもりが、「指示」として届いていない
以前、ある派遣先から、
「外国人社員がこちらの話を本当に理解しているのか分からない」
と相談されたことがあります。
本人はその職場で4年ほど働いており、日本語での日常的なコミュニケーションにも大きな違和感はありませんでした。
そこで、
「直してほしいことは、どのように伝えていますか?」
と聞いてみました。
すると担当者は、
「あまり直接的には言わない」
と話しました。
例えば、
「この角の部分、もう少し丸い方がいい気はしますね」
というような言い方です。
伝える側は、
「ここを修正してほしい」
という意味で話しています。
しかし本人には、
「丸い方がいいと思っているのかな」
という感想のように聞こえているかもしれません。
その場合、
会社側は、
「さっき伝えたのに、なぜ直していないのか」
と思います。
本人は、
「修正するようには言われていない」
と受け取っている可能性があります。
ここで問題だったのは、日本語力だけではありません。
言葉に含まれている強さを、双方が同じように受け取っていなかった可能性
があります。
だから私は、
「直接伝えること」と「きつく伝えること」は別だと考えています。
例えば、
「この部分は修正してください」
「理由は、次の工程で問題が起きる可能性があるからです」
「次回からは、この形でお願いします」
と伝える。
強い言葉を使わなくても、何をしてほしいかは明確にできます。
この経験については、
「『直接は言えないんです』外国人社員への注意が伝わらなかった理由」
で詳しく書いています。
5.教えたことと、実際に身についたことは別
外国人派遣社員を担当していた頃、派遣先から、
「本当にビジネスマナーを教えているんですか?」
と言われたことがあります。
私たちは派遣前に、挨拶、報連相、メール、服装、時間の考え方などを説明していました。
それでも働き始めると、
「朝の挨拶が小さい」
「会議でもっと発言してほしい」
といった指摘が来ました。
当時の私は、
「派遣前に教育はしています」
と説明していました。
しかし今振り返ると、
「説明を聞いたこと」と「実際の職場で自然にできること」は別だった
のだと思います。
実際、その社員も指摘を受けながら少しずつ行動を変え、派遣先からの指摘がほとんどなくなるまでには、私の記憶では3か月ほどかかりました。
この経験から私は、
派遣前に基本を伝える。
実際の職場で経験する。
現場で必要なことを伝える。
派遣元が後から理解を確認する。
本人自身も学ぶ。
という流れが途中で切れないことの方が重要なのではないかと考えるようになりました。
詳しくは、
「『ビジネスマナーを教えているのか?』派遣先からの一言で考えた外国人派遣社員の教育」
で紹介しています。
6.会社の「配慮」が、本人には「機会を奪われた」と見える
ある外国人社員は、
「なぜ自分だけ仕事を任せてもらえないのか」
という不満を持っていました。
会社側には理由がありました。
日本語で説明するのに時間がかかる。
ミスが起きた時の影響も考えなければならない。
そのため最初は、比較的説明しやすく、リスクの低い仕事を中心に任せていました。
会社側では、
本人に無理をさせないための配慮
でもありました。
しかし本人には、
「自分だけ成長する機会を与えてもらえない」
と見えていました。
このケースで特に印象に残ったのが、
会社と本人で、
成長する順番そのものが逆だった
ことです。
会社は、
日本語力が上がる
→ コミュニケーションできる
→ 任せられる仕事を増やす
と考えていました。
本人は、
仕事を任せてもらう
→ 日本語を使う機会が増える
→ 日本語力が上がる
と考えていました。
どちらにも理由があります。
だからこそ、
「本人のために配慮している」
だけではなく、
その配慮が本人にはどう見えているのか
を見ることも必要なのだと思います。
このケースは、
「『なぜ自分だけ仕事を任せてもらえない?』外国人社員への配慮が不公平に見えた理由」
で詳しく紹介しています。
7.注意して行動を止めるだけでは、次にどうすればいいか分からない
ある外国人社員は、人と話すことが好きな人でした。
日本語を練習したい。
日本人の友達を作りたい。
そう考え、職場の人だけでなく、近所の人や知らない人にも積極的に話しかけていました。
しかし相手から距離を取られることが増え、
会社からも、
「知らない人に突然話しかけると、相手が困ることもある」
と説明されました。
本人はその注意を受け、
しばらくの間、かなり静かになりました。
問題になっていた行動は減りました。
ただ同時に、
本人の良い部分だった、
人とつながろうとする力
まで弱くなっていました。
その後、会社の人との昼食や、外国人の友人、日本語交流イベントなどを通して、本人は少しずつ別の形で人間関係を作るようになりました。
彼は人と話すことをやめたのではありません。
人とのつながり方を変えていきました。
このケースから私は、
「その行動をやめてください」と伝えるだけでなく、「では、どうすればいいのか」まで考えること
も必要なのではないかと思うようになりました。
本人の性格そのものを否定する必要はありません。
その人の良さを残したまま、別の行動の入口を探せる場合もあります。
このケースは、
「友達を作りたかっただけなのに|日本で『話しかける距離感』に悩んだ外国人社員」
で紹介しています。
7つのケースを振り返って見えてきたこと
ここまで紹介した7つのケースは、内容がそれぞれ違います。
「分かりました」。
報連相。
改善指導。
遠回しな言い方。
ビジネスマナー教育。
仕事を任せる範囲。
人との距離感。
同じ原因で起きた問題ではありません。
本人側に改善すべき点が大きかったケースもあります。
会社側の伝え方を見直せた可能性があるケースもあります。
派遣元がもっと早く間に入れたかもしれないケースもあります。
それでも、こうして並べて振り返ると、少なくとも私には、何度か繰り返し現れているものがあるように見えます。
それは、
会社側や周囲が当然だと思っていたことと、本人が見ていたものが一致していない場面があった
ということです。
会社側には、
「説明した」
「注意した」
「教育した」
「配慮した」
という事実があります。
一方、本人には、
「なぜ必要なのか分からない」
「そこまで重要だと思わなかった」
「自分だけ不公平に扱われている」
「次にどうすればいいのか分からない」
という受け止め方がありました。
だからといって、
すべてを単純に
「認識のズレでした」
で終わらせるつもりはありません。
本人が変わる必要があることもあります。
会社側がもっと明確に伝える必要があることもあります。
派遣元や支援側にできることが残っている場合もあります。
大切なのは、
最初から「外国人だから分からない」と決めつけず、その場で何が起きているのかを見ること
だと思います。
私自身も、最初からこう考えていたわけではない
私自身、外国人社員を支援し始めた頃は、
「これは会社側がもう少し説明するべきだ」
と思うことが今より多かったと思います。
一方、自分が外国人社員として日本企業で働いていた頃には、
「会社のやり方が分かりにくい」
と感じることもありました。
しかし、支援する側として企業の話を聞き、
外国人社員本人の話も聞き、
さらに退職した後に改めて話を聞くようになると、少しずつ見方が変わってきました。
会社には会社の事情がある。
本人には本人の事情がある。
そして、どちらかの事情だけでは説明できないこともあります。
もちろん、いつも両方に同じだけ問題があるという意味ではありません。
会社側の課題が大きいケースもあれば、本人側に改善が必要なケースもあります。
ただ、今の私は、
どちらが正しいかを最初に決めるより、同じ出来事をそれぞれがどう見ていたのかを確認すること
を大切にしています。
そうすると、
「伝え方を変えればよかったのか」
「本人にも努力が必要だったのか」
「教育の仕組みそのものに問題があったのか」
「もっと早く派遣元が入るべきだったのか」
など、次に考えることが見えてくるからです。
まとめ|「言ったか」だけでなく、「どう届いたか」を見る
外国人社員とのコミュニケーションで問題が起きた時、
「日本語が足りない」
「文化が違う」
だけで説明すると、見えなくなることがあります。
「分かりました」は、本当に同じ理解だったのか。
「報告してください」の範囲は、双方で同じだったのか。
改善指導の目的は、本人に伝わっていたのか。
柔らかい言葉が、指示として聞こえていたのか。
教育した内容は、実際の行動として身についていたのか。
配慮は、本人にも配慮として見えていたのか。
注意された後、本人は次にどうすればよいか分かっていたのか。
こうして一つずつ見ていくと、
コミュニケーションは、
言葉を発したところで終わるものではない
のだと思います。
相手にどう届いたのか。
相手はどう理解したのか。
その後、何が起きたのか。
そこまで見て初めて、
「伝わった」
と言えることもあります。
もちろん、毎回ここまで丁寧に確認するのは簡単ではありません。
それでも、
「外国人だから伝わらない」
と考える前に、
自分たちの中で当たり前になっている前提を、相手も同じように理解しているだろうか。
一度そこを確認してみる。
それだけでも、違う見え方が出てくることがあります。
皆さんの会社では、
外国人社員に何かを伝えた時、
「言ったか」だけではなく、「相手にはどう届いたか」まで確認できているでしょうか。



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