「なぜ自分だけ仕事を任せてもらえない?」外国人社員への配慮が不公平に見えた理由

コミュニケーション・マネジメント

「外国人社員だから、最初からいろいろな仕事を任せるのは大変かもしれない。」

外国人材をあまり受け入れた経験がない会社では、そう考えることもあると思います。

日本語がまだ十分ではない。

新しい仕事を説明するにも時間がかかる。

もし説明がうまく伝わらず、違う結果になれば、修正するためにさらに時間が必要になる。

だから、まずは本人の担当業務だけに集中してもらう。

会社側から見れば、それは負担を減らすための配慮でもあります。

しかし、その配慮が本人にはまったく違って見えることがあります。

以前、ある外国人社員からこんな話を聞いたことがあります。

会社は本人を気遣って、決められた仕事だけを任せていました。

ところが本人は、

「なぜ自分には仕事を任せてもらえないのだろう」

と感じていました。

会社は「負担を減らしている」と考えていた。

本人は「機会を減らされている」と感じていた。

今回は、このすれ違いについて考えてみたいと思います。

会社は、本人の担当業務だけを任せていた

その外国人社員が働いていた会社は、外国人材を多く受け入れてきた会社ではありませんでした。

本人が担当していたのは、自分のポジションに直接関係する業務が中心でした。

それ自体は特に問題ではありません。

ただ、周囲の日本人社員を見ると少し違いました。

部署が忙しくなれば別の業務を手伝う。

他のチームから簡単な仕事を頼まれる。

自分の担当以外の仕事にも少しずつ関わる。

そうやって、さまざまな仕事を経験していました。

一方、その外国人社員には、そうした追加の仕事がほとんどありませんでした。

会社にも理由がありました。

本人はまだ日本語でのやり取りに慣れていませんでした。

短期的なサポート業務の場合、仕事そのものは簡単でも、

「何をしてほしいのか」

「どこまでやればいいのか」

「終わったら誰に報告するのか」

といったことを日本語で説明する必要があります。

もし説明が十分に伝わらず、違う成果物が出てくれば、それを修正する時間も必要になります。

短い仕事をお願いするために、それ以上の説明や修正時間がかかってしまう。

会社としては、

「今は本人の担当業務に集中してもらった方がいい」

と考えていたのだと思います。

私も会社側の立場から考えれば、この判断は理解できます。

しかし本人には「自分だけ外されている」と見えていた

問題は、その判断が本人にはどう見えていたかです。

本人は日本が好きで、日本語をもっと上達させたいと考えていました。

日本語を伸ばすことも、日本で働く目的の一つだったそうです。

そして本人は、

いろいろな仕事を頼まれれば、さまざまな社員と会話する機会が増える。

仕事で日本語を使えば、教科書や動画だけでは学べない日本語も身につく。

そう考えていました。

ところが現実には、仕事の幅が広がりませんでした。

さらに、本人が不公平だと感じた理由がありました。

同じ会社には他の外国人社員もいました。

その人たちには、さまざまな仕事が任されていました。

さらに、自分より後に入社した日本人社員にも、いろいろな業務が任されていました。

本人からすると、

「技術的には自分の方ができることもあるのに、なぜ自分には任せてもらえないのか」

という感覚だったそうです。

本人は、自分の技術力にはある程度自信を持っていました。

だからこそ、

「外国人だからなのか」

「日本語がまだ十分ではないから、自分は信頼されていないのか」

と感じるようになりました。

会社は本人を困らせないために仕事を限定していた。

しかし本人には、

「外国人だから成長する機会を与えてもらえない」

ように見えていたのです。

会社と本人では「成長の順番」が逆だった

この話を聞いて、私は特に興味深いと思ったことがあります。

会社と本人では、

日本語と仕事のどちらを先に伸ばすのか

という考え方が逆だったことです。

会社側は、

日本語が上達する
↓
コミュニケーションの幅が広がる
↓
任せられる仕事を増やす

という順番で考えていました。

これは会社として自然な考え方だと思います。

一方で本人は、

さまざまな仕事を経験する
↓
いろいろな人と日本語で話す
↓
日本語が上達する

と考えていました。

本人からすれば、

「日本語が上達したら仕事を任せる」

と言われても、

「仕事で日本語を使わせてもらえなければ、どうやって上達すればいいのか」

ということになります。

どちらか一方が完全に間違っているという話ではないと思います。

会社は業務を止めるわけにはいきません。

本人の成長だけを考えて、周囲に大きな負担をかけることもできません。

一方で本人にとっては、実際の職場で日本語を使う経験そのものが成長の機会でもあります。

同じ「成長」を考えていても、

会社と本人では、その方法が違っていたのです。

会社は、簡単な仕事から少しずつ任せ始めた

その後、会社も本人に少しずつ新しい仕事を任せるようになりました。

ただし、いきなり複雑な仕事を任せたわけではありません。

簡単な日本語のやり取りだけでできる業務。

もし少し間違えても、大きな問題になりにくい仕事。

そうしたところから始めたそうです。

会社としては、

「まずはここから経験してもらおう」

という判断だったのだと思います。

ただ、本人は最初、それにも納得できなかったそうです。

技術的にはもっと難しい仕事もできる。

それなのに、自分だけ簡単な仕事から始めなければならない。

その状況にも、まだ不公平さを感じていました。

今振り返れば、この時点では会社側と本人側の間に、

「なぜ今この仕事なのか」

という説明が十分共有されていなかったのかもしれません。

同じ簡単な仕事でも、

「あなたにはこれしかできないから任せる」

と見えるのか、

「次の仕事に進むための最初のステップとして任せる」

と見えるのかでは、本人の受け取り方は大きく変わると思います。

後に本人がリーダーになって、初めて会社の判断が見えた

この話には、その後があります。

本人は会社を辞めませんでした。

経験を積み、日本語も上達し、最終的には外国人社員をまとめる立場になりました。

そして自分がリーダーになった時、初めて当時の会社側の考えが分かったそうです。

新しい社員に仕事を任せる。

言葉だけを見ると簡単です。

しかし実際には、

誰が説明するのか。

どのくらい説明時間が必要なのか。

本人がどこまで理解できるのか。

間違った時に誰が修正するのか。

チーム全体の進行にどんな影響があるのか。

そうしたことまで考えなければなりません。

自分が仕事を教える立場になって、

「あの時、会社が慎重になった理由も分かる」

と思うようになったそうです。

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入社したばかりの時には、

「自分だけ機会をもらえない」

と見えていた。

しかし立場が変わると、

「会社にも会社の事情があった」

ことが見えるようになった。

同じ出来事でも、立場によって見え方は変わります。

それでも、「会社が正しかった」で終わらせなかった

ただ、この人の話で私が一番印象に残ったのはここです。

本人はリーダーになって会社側の事情を理解しました。

だからといって、

「会社の判断は正しかった。自分が理解していなかっただけだ」

とは考えませんでした。

自分が当時感じた不公平さも、本当だったからです。

そのため、自分の後に入ってくる外国人社員には、同じような誤解をさせたくないと考えました。

新しく入った外国人社員には、

「あなた一人だけが、このような仕事の進め方をしているわけではない」

「以前にも同じようなケースがあった」

と説明するようにしました。

さらに、

日本語がこの程度までできるようになれば、この仕事を任せられる

という基準を、表や図で見えるようにしたそうです。

日本語だけでは理解しにくい可能性もあるため、必要な部分は英語でも作成しました。

つまり、

「日本語がもっとできるようになったら、いろいろ任せます」

という曖昧な説明ではなく、

今どこにいて、次に何ができれば、どの仕事まで進めるのか

を本人が確認できるようにしたのです。

例えば、

「今はこの業務まで」

「この場面で日本語のやり取りができれば、次はこの業務」

「さらにこのレベルまでできれば、他部署のサポートにも参加できる」

というように、本人にも成長の段階が見える形にする。

私は、これはとても大切な工夫だと思います。

見えない基準は、

「自分だけ外されている」

と感じさせることがあります。

会社と本人で「何をすれば十分なのか」という基準がずれていると、本人には理由が見えないまま評価や対応だけが違って見えることがあります。報連相をめぐる同じような認識のズレについては、「外国人社員に『報連相が足りない』と感じるのはなぜ?現場で見えた『報告すべきこと』の認識のズレ」で紹介しています。

しかし基準が見えるようになれば、

同じように仕事の範囲を限定されていても、

「今はこの段階だから、この仕事なのだ」

と理解しやすくなります。

「自分も苦労したから、後輩も苦労すればいい」ではなく

本人たちは、その会社にとって比較的早い時期に入社した外国人社員でした。

言ってみれば、会社にとっての「外国人社員1世代目」のような存在だったのだと思います。

会社側も、外国人社員をどう受け入れればいいのか分からない。

外国人社員側も、日本企業でどう働けばいいのか分からない。

お互いに経験が少ない状態です。

当然、すれ違いも起きます。

ここで私は、最初に苦労した人が、その後どんな行動を取るのかはとても重要だと感じています。

「自分も苦労したのだから、後輩も同じ経験をすればいい」

と考えるのか。

それとも、

「自分が苦労したからこそ、後輩には同じところで傷ついてほしくない」

と考えるのか。

今回の人は後者でした。

自分がリーダーになった後、後輩外国人社員と会社の間に同じ誤解が起きないよう、受け入れ方そのものを変えようとしました。

人事側にも働きかけながら、

外国人社員への説明方法や教育の考え方を少しずつ変えようとしていたそうです。

自分が苦労した経験を、単なる昔話で終わらせなかった。
次の人のための仕組みに変えた。

私はここに、この会社が外国人材の受け入れ経験を積んでいくうえで、とても大きな意味があったのではないかと思います。

最初に入社した外国人社員から、会社が学べることもある

企業が初めて外国人材を採用する時、

会社側は、

「どう教育するか」

「どう管理するか」

を考えると思います。

ただ、今回の話を聞いて私は、

最初に入社した外国人社員から会社が学ぶことも多い

と改めて感じました。

もちろん、最初に入社した外国人社員一人に、会社の受け入れ体制づくりまで背負わせるべきだという意味ではありません。

受け入れ体制を整える責任は、基本的には会社側にあります。

ただ、その人が感じた違和感や困りごとを会社が拾い上げれば、次の受け入れを改善するための大切な材料になります。

会社が最初から完璧な外国人受け入れ制度を作るのは難しいと思います。

実際に働いてもらって初めて分かることもあります。

どんな説明で誤解が起きるのか。

日本人社員には当たり前のことが、外国人社員にはどう見えるのか。

どこまで日本語で説明できるのか。

どんな資料があれば理解しやすいのか。

そうした経験を一つずつ残していけば、

二人目、三人目を受け入れる時には、会社も少しずつ変わることができます。

反対に、

最初の外国人社員とうまくいかなかった時に、

「やっぱり外国人は難しい」

「この人とは合わなかった」

だけで終わってしまえば、次の人にも同じ問題が起きるかもしれません。

外国人材の受け入れ経験とは、

単に「外国人社員が何人在籍したか」ではなく、

起きたすれ違いを、次に繰り返さない仕組みにできたか

ということでもあるのではないでしょうか。

配慮とは、「任せない理由」と「次の機会」をセットで伝えること

もちろん、日本語が十分ではない外国人社員に、最初から日本人社員とまったく同じ仕事を任せればいいという話ではありません。

業務によっては、安全面や品質の問題もあります。

説明する側の負担もあります。

段階的に仕事を増やすこと自体は必要な場合があります。

ただ、その時に、

「外国人だから、まだ難しいだろう」

だけで仕事の機会を減らしてしまうと、

本人にはその理由が見えないことがあります。

なぜ今はこの仕事なのか。

何ができるようになれば、次の仕事を任せてもらえるのか。

会社は自分のどこを評価していて、どこを不安に感じているのか。

そこまで伝えることで、同じ配慮でも本人の受け取り方は変わると思います。

今の私なら、

仕事を限定する必要がある場合、

「任せない理由」だけではなく、「次に任せるための条件」まで本人と共有する

ことを考えます。

そしてできれば、それを本人の成長が見える形にします。

「日本語をもっと頑張ってください」

ではなく、

「この場面で日本語のやり取りができれば、次はこの仕事をお願いしたい」

と伝える。

例えば、

今できる仕事
↓
次に必要な日本語・スキル
↓
次に任せる仕事

という形で見えるようにする。

そうすれば、

会社にとってはリスクを抑えながら仕事を広げることができ、

本人にとっても、

「自分には機会がない」のではなく、「次の機会に向かっている」

と感じやすくなるのではないでしょうか。

私は今回のケースを聞いて、

配慮とは、機会を減らすことではなく、今できることと次に目指すことを本人にも見える形にすることなのかもしれない

と感じました。

会社には会社の事情があります。

本人にも成長したいという気持ちがあります。

大切なのは、

どちらが正しかったかを決めることよりも、

なぜ同じ出来事をこれほど違って見ていたのかを考えること

なのだと思います。

そして一度起きたすれ違いを、

次の外国人社員にも繰り返さない。

その経験を会社の仕組みに変えていく。

私は、それが外国人材を受け入れる会社が少しずつ強くなっていく方法の一つではないかと考えています。

皆さんの会社では、外国人社員に仕事の範囲を限定する時、「なぜ今は任せないのか」だけでなく、「どうなれば次の仕事を任せられるのか」まで伝えているでしょうか。

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