彼女はとても小柄で、暖かい地域の出身でした。
勤務先は地方にあり、最寄り駅から歩けば1時間以上かかります。
冬になると気温が氷点下10度近くまで下がることもあり、雪が降ったり、雨の後に道路が凍ったりすることもあります。
私も最初は、正直に言うと、
「この環境で本当に毎日通勤できるのだろうか」
と少し心配していました。
しかも、彼女が入社した時、その会社にとって外国人社員を受け入れるのは初めてでした。
会社側も、どこまで何を準備すればよいのか分からない。
本人も、勤務先周辺の地理や冬の厳しさをほとんど知りません。
それでも彼女は、その会社で約5年働き続けています。
今も正社員として勤務していて、本人の話では、これまで退職を真剣に考えたことはほとんどないそうです。
なぜこの会社で働き続けたいのか。
本人が話していた理由は、給与や立地ではありませんでした。
「この会社なら、自分のキャリアの成長を任せられると思ったから。」
私はこの言葉がとても印象に残りました。
今回は、彼女がそう感じるまでにあった、会社との小さな出来事について考えてみたいと思います。
入社する前から、会社は通勤のことを考えていた
彼女が入社する前、会社はすでに一つ準備をしていました。
電動自転車です。
最寄り駅から会社までは遠く、徒歩だけで毎日通勤するのは現実的ではありませんでした。
入社するのは11月。
これから寒さが厳しくなる時期です。
彼女自身は、まだその地域で生活した経験もなく、どのくらい寒くなるのか、どの道を使えばいいのかも分かりませんでした。
そこで会社は、
「この人がここで働くなら、通勤をどうすれば少しでも楽にできるか」
を考え、会社の費用で電動自転車を準備していました。
本人から困っていると言われてから対応したわけではありません。
まだ本人自身も何に困るか分からない段階で、会社側が先に考えていたのです。
電動自転車そのものが特別な福利厚生だった、という話ではありません。
私が印象に残っているのは、
本人が困る可能性を、会社が本人だけの問題にしなかったこと
です。
自転車に乗れない日も、「自分で何とかして」で終わらなかった
もちろん、電動自転車があればすべて解決するわけではありません。
冬には雪が降ります。
雨が降った翌日に道路が凍ることもあります。
そういう日は、自転車に乗ること自体が危険です。
そのような時は、状況に応じて在宅勤務を認めてもらうこともあったそうです。
また、出勤する日本人社員が途中で彼女を車に乗せ、一緒に会社まで行くこともありました。
一つひとつを見ると、大きな制度ではありません。
ただ、
「今日はどうやって出勤するのか」
という問題を本人一人に背負わせなかった。
彼女にとっては、そこが大きかったのではないかと思います。
「通勤できないなら自分で解決してください」
と言われるのと、
「今日は危ないから、どうすればいいか一緒に考えよう」
と言われるのでは、会社に対する感じ方はかなり違います。
小さなお菓子を、本人はとても大切に受け取っていた
彼女のSNSを見ていて、印象に残ったことがあります。
ある時、会社の上司からもらった飴やチョコレートの写真を投稿していました。
高価なプレゼントではありません。
特別なイベントでもありませんでした。
普段から関係の良かった上司が、
「いつも頑張ってくれてありがとう」
という気持ちで渡したものだったそうです。
彼女はそれをとても喜び、感謝の言葉と一緒に写真を投稿していました。
私はそれを見た時、
彼女が喜んでいたのは、お菓子そのものではないのかもしれないと思いました。
「自分の頑張りを見てくれている」
「自分のことを気にかけてくれている」
そう感じたことが嬉しかったのではないでしょうか。
会社側からすれば、小さな行動だったと思います。
しかし本人にとっては、
「自分はここで一人ではない」
と感じるきっかけの一つだったのかもしれません。
優しいだけではなく、仕事ではきちんと期待されていた
その上司は、何でも優しく許してくれる人だったわけではありません。
仕事に対しては厳しいところもあったそうです。
必要なことはきちんと求める。
守るべきことは伝える。
一方で、仕事を離れると、とても優しく接してくれる人だったと聞いています。
私は、このバランスも大切だったのではないかと思います。
彼女が長く働けているのは、
優しくしてもらったからだけではありません。
仕事では、一人の社員としてきちんと期待され、評価されていました。
実際、会社側の彼女に対する評価は非常に高いものでした。
スキルや経験だけでなく、性格面についても良い評価を受けていました。
企業担当者に、
「何か改善してほしいところはありますか」
と聞いた時にも、
「このままでいてくれればいい」
と言われるほどだったそうです。
会社だけが彼女を支えていたわけではありません。
彼女自身も仕事で結果を出し、会社から信頼を得ていました。
生活面では助けてもらい、仕事ではきちんと期待される。
その両方があったことが、彼女にとって大きかったのだと思います。
内向的な彼女に、周囲から声をかけた
彼女はもともと、とても内向的でシャイな性格でした。
自分から積極的に人の輪へ入っていくタイプではなかったそうです。
会社としても外国人社員を受け入れるのは初めてだったので、日本人社員側にも最初は戸惑いがあったと思います。
それでも周囲の社員は、
彼女が人見知りをするタイプだと少しずつ理解し、自分たちから声をかけるようにしてくれたそうです。
本人が日本人社員の輪に入ってくるのを待つのではなく、
周りから少し近づいていった。
これも、彼女が職場に居場所を作っていくうえで大きかったのではないかと思います。
外国人社員が職場になじめるかどうかは、本人の努力だけで決まるものではありません。
特に、新しい国、新しい会社、新しい言語環境に入ったばかりの時は、
最初に誰かが声をかけてくれるだけでも、職場の見え方が変わる
ことがあります。
会社の配慮だけが、長く働いている理由ではない
ここで一つ、忘れてはいけないと思うことがあります。
彼女が長く働いている理由を、会社の配慮だけで説明することはできません。
彼女自身の性格や生活スタイルも、その地域と合っていたのだと思います。
彼女はもともと地方の出身でした。
そして日本へ来た時、大きなスケッチブックと絵の具、筆を持ってきていました。
絵を描くことが好きで、
休みの日には外へ出て、山や花を描くこともあるそうです。
都会の便利さや賑やかさを強く求めるタイプではありませんでした。
自然の多い環境で暮らすこと自体が、彼女には比較的合っていたのだと思います。
だから、
「地方企業でも会社が優しければ外国人は定着する」
と一般化することはできません。
都会での生活を望む人もいます。
公共交通機関が少ない環境を大きな負担に感じる人もいます。
本人の性格、家族状況、将来の希望によっても違います。
今回のケースでは、
会社の環境と、彼女自身の生活スタイルが比較的合っていた。
そこも長く働くうえで大切な要素だったと思います。
条件だけを見ると、決して楽な環境ではなかった
給与についても、生活に大きな余裕がある状況ではありませんでした。
彼女は毎月、給与のかなりの部分を母国の家族へ送金していました。
税金や家賃、生活費などを考えると、自分のために多く貯金できるわけではなかったそうです。
彼女の周りには、
もっと交通の便利な場所で働いている外国人の友人もいました。
より良い給与条件で働いている人もいました。
一方で、その中には、
上司との関係や職場の雰囲気を理由に転職を考えている人もいたそうです。
もちろん、
給与が低くても人間関係が良ければ問題ない
という話ではありません。
給与や待遇は、働き続けるうえで重要です。
会社が「人間関係が良いから待遇は低くてもいい」と考えるべきでもありません。
ただ今回のケースを見ていると、
待遇だけでは、人がその会社を信頼する理由のすべてを説明できない
とも感じます。
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「この会社なら、自分の成長を任せられる」
では、彼女はなぜこの会社でこれからも働きたいのでしょうか。
本人が話していた言葉は、とてもシンプルでした。
「この会社なら、自分のキャリアの成長を任せられると思った。」
この言葉を聞いて、私はそれまでの小さな出来事が一つにつながったように感じました。
通勤で困りそうな時には、会社が先に考えてくれた。
冬に危険な日は、本人だけに解決を任せなかった。
職場になじめるよう、周囲から声をかけてもらえた。
仕事ではきちんと期待され、評価された。
頑張っている時には、それを言葉や小さな行動で伝えてくれた。
そうした経験の積み重ねが、
単に、
「働きやすい会社」
というだけではなく、
「この会社は自分のことをきちんと見てくれている」
という信頼につながったのではないかと思います。
そしてその信頼が、
「この会社なら、この先の自分の成長も任せられる」
という気持ちにつながったのかもしれません。
大切なのは、「何をしてあげたか」ではない
今回の話を聞いて、
「では、外国人社員に電動自転車を買えばいいのか」
「雪の日には全員を車で迎えに行けばいいのか」
という話ではないと思っています。
同じ対応をそのまま真似する必要はありません。
大切なのは、
何をしてあげたかではなく、本人が「自分のことを見てくれている」と感じられたかどうか
なのかもしれません。
彼女の場合は、たまたま通勤が大きな課題でした。
別の人なら、
住居かもしれません。
日本語かもしれません。
仕事の進め方かもしれません。
家族のことかもしれません。
だから私なら、
定期面談で、
「仕事で困っていることはありますか?」
だけではなく、
「通勤や生活も含めて、会社が少し手伝えば楽になることはありますか?」
と聞いてみたいと思います。
外国人社員との定期面談で確認しておきたい仕事・人間関係・生活面の項目については、「外国人社員との定期面談で確認すべき8つの項目|離職を防ぐ質問例と現場で感じたポイント」で詳しくまとめています。
そして、すべてを会社が解決するのではなく、
本人が困っていることを知ったうえで、
会社として現実的にできることがあるかを一緒に考える。
それだけでも、本人から見える会社の姿は変わるかもしれません。
小さな気遣いが、会社への信頼に変わることもある
外国人材の定着を考える時、
給与。
福利厚生。
キャリア制度。
評価制度。
そうした仕組みはもちろん重要です。
ただ、制度だけでは作れないものもあると思います。
困っている時に誰かが気づいてくれた。
頑張っている時に見ていてくれた。
自分だけでは解決しにくい時に、一緒に考えてくれた。
そうした小さな経験が積み重なることで、
「ここなら自分を一人にしない」
という安心感が生まれることがあります。
そして、その安心感が、
「この人たちなら、自分の成長を任せられる」
という会社への信頼につながることもあるのかもしれません。
彼女が5年働いている理由を、一つだけに決めることはできません。
会社の配慮。
本人の仕事ぶり。
周囲との関係。
地域との相性。
本人の将来への考え。
さまざまなものが重なっていると思います。
だからこそ私は、
「外国人社員を定着させるには、これをすればいい」
という一つの答えではなく、
その人が何に困り、何を大切にし、会社のどんな行動を信頼につなげているのかを見ること
が大切なのではないかと考えています。
皆さんの会社では、外国人社員が日々感じている「小さな困りごと」を、どこまで知ることができているでしょうか。



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