外国人社員を採用するとき、
「将来的には正社員登用も考えています」
「頑張れば、1~2年程度で正社員になれる可能性もあります」
といった説明をすることがあります。
企業側としては、あくまで「可能性」を伝えたつもりかもしれません。
しかし、その言葉を聞いた本人は、どのように受け取っているでしょうか。
今回は、ある外国人派遣社員と日本企業の間で実際に起きたケースとして聞いた話をもとに、
「可能性を伝えたつもり」と「自分の将来として受け取った」の間に、どのようなすれ違いが起きるのか
を考えてみたいと思います。
なお、個人や企業が特定されないよう、国籍や業種など一部の情報は伏せています。
日本でキャリアを築くことを目指して来日したAさん
Aさんは、ある国の出身の若手エンジニアです。
来日前は、母国にある日系企業の現地拠点で、エンジニア業務と通訳業務の両方に携わっていたそうです。
日系企業で働く中で日本との接点が増え、
いつか日本へ行き、自分自身のキャリアを築いていきたい
という思いを持つようになりました。
その後、日本企業への人材紹介・派遣を行う会社を通じて、ある日本企業で派遣社員として働くことになります。
企業側にも、Aさんを受け入れた理由がありました。
将来的にAさんの母国市場への事業展開を考えており、その国を理解し、日本との橋渡しができる人材を育てたいという構想があったそうです。
ただ、Aさんにとって日本で働くのは初めてでした。
そこで企業は、まず派遣社員として働いてもらい、日本での仕事への適応やパフォーマンスを見ながら、将来的な正社員登用を検討することにしました。
「頑張れば1~2年程度」という言葉
入社前、正社員登用について具体的な時期が約束されていたわけではありません。
ただ、話の中では、
「頑張れば、1~2年程度で正社員になれる可能性もある」
という趣旨の説明があったそうです。
企業側としては、
「現時点では約束できないが、本人の適応やパフォーマンス次第では、そのくらいの時期も考えられる」
という意味だったのでしょう。
一方、Aさんは、
自分が一生懸命働いて成果を出せば、もっと早く正社員になれるかもしれない
と考えていたようです。
同じ言葉を聞きながら、この時点ですでに、双方が少し違う未来を見ていた可能性があります。
5か月後、Aさんは焦り始めた
Aさんは、できるだけ早く仕事を覚え、成果を出し、正社員として認めてもらいたいと考えていたようです。
しかし、入社から約5か月が経っても、正社員登用について具体的な話はありませんでした。
その頃、Aさんにはもう一つ気になることがありました。
日本で働く友人たちは正社員で、自分より給与も高かったそうです。
友人たちは正社員としてキャリアを築いている。
一方、自分は派遣社員。
いつ正社員になれるのかも分からない。
そうした状況を比較する中で、
「自分だけ将来が見えない」
という焦りが強くなっていった可能性があります。
もちろん、正社員になることがAさんにとってどの程度重要な意味を持っていたのか、私は本人に直接確認したわけではありません。
ただ、来日前から日本でキャリアを築くことを目標にしていた背景を考えると、正社員登用への期待が大きかった可能性はあります。
本人の「もう5か月」と、会社の「まだ5か月」
一方、企業側から見えていた景色は違いました。
入社5か月のAさんは、まだ教育段階でした。
仕事を教えながら、日本企業での働き方や業務への適応を見ている時期です。
企業としては、
まだ正社員として採用するかどうかを判断できる段階ではない
と考えていました。
Aさんにとっては、
「もう5か月働いたのに、まだ将来が見えない」
という5か月。
企業にとっては、
「まだ5か月。これから評価していく」
という5か月。
同じ5か月でも、その意味はまったく違っていました。
正社員登用を直接相談したAさん
将来への不安が大きくなったAさんは、派遣元の営業担当者を通さず、派遣先の人事担当者や現場リーダーに直接、
「できるだけ早く正社員になりたい」
と伝えました。
しかし企業としては、まだ十分にパフォーマンスを評価できる段階ではありません。
そのため、
「現時点では、いつ正社員にできるかを約束することはできない」
という趣旨の回答をしたそうです。
企業側からすれば、無理に時期を約束できない以上、自然な回答だったと思います。
しかしAさんにとっては、期待していた答えではありませんでした。
会社が育成している間に、本人は転職活動を始めていた
実はAさんはこの頃、LinkedInにも登録し、複数の企業や転職エージェントと接点を持つようになっていました。
仕事が終わった後に、エージェントとの面談や企業の面接を受けることもあったそうです。
会社が、
「まだ教育している段階」
と考えていた時期に、
本人はすでに、
「この会社で自分の将来を作れるのか」
と悩み、別の可能性を探し始めていました。
企業が考えていたAさんの現在地と、本人が感じていた現在地には、かなり大きな差があったことが分かります。
そして翌日から出勤しなくなった
その後、Aさんは派遣元の営業担当者を通さず、派遣先企業に直接、
「母国へ帰りたい」
という意思を伝えました。
そして、その翌日から出勤しなくなりました。
企業側は、この行動に大きく失望したそうです。
将来的な正社員登用も含めて育成しようと考えていた中で、突然出勤しなくなってしまったからです。
結果としてAさんの派遣契約は終了しました。
その後、Aさんは日本で新しい仕事を探しましたが、本人が希望する形で新しい職場を見つけることはできず、最終的には母国へ帰国することになりました。
実は、会社はAさんの「5年後」まで考えていた
ここまでの話だけを聞けば、
「会社はAさんの将来をあまり考えていなかったのではないか」
と思うかもしれません。
しかし、実際には逆でした。
企業側は、将来的にAさんの母国市場へ事業を展開した際、
Aさんに技術業務だけではなく、
現地での営業や販促活動まで担ってもらう
という構想を持っていたそうです。
その時間軸は、約5年先でした。
企業は、Aさんの将来を考えていなかったわけではありません。
むしろ、かなり先まで考えていました。
しかし、その頃Aさんは、
「5か月働いても、自分の将来が見えない」
と感じていました。
企業は、5年後のAさんを見ていた。
しかしAさんは、5か月後の自分さえ見えなくなっていた。
今回のケースで私が最も考えさせられたのは、この部分です。
誰か一人が悪かったのか
このケースを、
「Aさんが我慢できなかった」
だけで終わらせることは簡単です。
派遣元を通さず派遣先へ直接意思を伝え、その翌日から出勤しなくなった行動については、本人側にも改善すべき点があったと思います。
一方で、
「企業の説明不足がすべて悪かった」
とするのも違うと思います。
企業側も、入社から5か月の段階で正社員登用を約束することは難しかったはずです。
では、何が問題だったのでしょうか。
私は、
「正社員登用の可能性について話したこと」と、「3者がそれを同じ意味で理解していたこと」は別だった
という点が重要だったのではないかと考えています。
「いつ正社員にするか」より、「何を見て判断するか」
正社員登用の時期を確約できないのであれば、無理に約束する必要はありません。
ただ、
「頑張れば将来可能性があります」
だけでは、「頑張る」の意味すら双方で違うかもしれません。
私自身、外国人材のキャリア相談に関わる中で、「いつなれるのか」という時期だけでなく、「何をできるようになれば次の段階に進めるのか」が見えていることのほうが、本人の安心につながる場面もあると感じています。
企業が見ているのは、
業務習得なのか。
成果なのか。
日本の仕事への適応なのか。
チーム内でのコミュニケーションなのか。
それとも、それらすべてなのか。
だからこそ、
- 正社員登用では何を見るのか
- 現在はどの段階なのか
- 次に評価を確認するのはいつなのか
- 今、本人に何を期待しているのか
くらいは共有できるのではないでしょうか。
例えば、
「現時点では正社員登用の時期は約束できません。1~2年程度で可能性が出てくることも考えていますが、確定ではありません。まずは業務習得や日本での仕事への適応、パフォーマンスを見ながら判断します。半年後に一度、現在の評価と今後について話しましょう。」
と伝えていれば、
少なくとも本人が、
「いつまで待てばいいのか分からない」
という状態になる可能性は少し下げられたかもしれません。
派遣元は「伝える」だけでよかったのか
そして今回のケースには、企業とAさんだけでなく、もう一人の当事者がいます。
派遣元です。
企業から聞いた、
「将来的に正社員登用の可能性がある」
という情報を本人へ伝える。
それだけで十分だったのでしょうか。
あわせて読みたい
外国人社員との定期面談で、キャリアや評価、今後の働き方をどう確認するかについては、こちらの記事で具体的な質問例をまとめています。
「外国人社員との定期面談で確認すべき8つの項目|離職を防ぐ質問例と現場で感じたポイント」
例えば入社後の面談で、
「正社員登用について、今どのように理解していますか?」
「いつ頃正社員になれると思っていますか?」
「今後のキャリアについて不安はありませんか?」
と聞いていれば、双方の期待のズレに気づけた可能性があります。
さらに、
「なぜ、そんなに早く正社員になりたいのか」
まで聞いていれば、
友人との比較や給与、将来への焦りといった背景も見えてきたかもしれません。
私自身、外国人材と企業の間に入る中で、派遣元の役割は契約を管理することだけではないと感じる場面がありました。
企業が考えている未来と、外国人社員が期待している未来。
その二つにズレがないかを確認し、必要であれば双方に言葉を補う。
それも、派遣元だからこそできる役割の一つではないかと、今は考えています。
ヒトデタリナイの視点|会社の「5年後」を本人は知っているか
今回のケースでは、結果として3者とも何かを失いました。
企業は、採用や教育にかけた時間とコスト、そして将来海外事業で活躍する可能性があった人材を失いました。
派遣元も、採用から日本での就業までにかけた時間やコストを失い、顧客との信頼にも影響しかねません。
そしてAさん自身も、日本で築こうとしていたキャリアを途中で終え、最終的には母国へ帰ることになりました。
もしAさんが、
会社が自分の5年後まで考えていたこと
を知っていたら。
もし企業が、
Aさんがわずか5か月で転職活動を始めるほど将来に焦りを感じていたこと
を知っていたら。
結果が変わっていたかは分かりません。
だから私は、このケースから、
「外国人社員には正社員登用の時期を約束するべきだ」
という結論を出したいわけではありません。
今回の話から感じたのは、もっと基本的なことです。
キャリアは、会社の中で描いているだけでは本人には伝わりません。
そして本人が望んでいるだけでも、会社には伝わりません。
会社がどんな未来を考えているのか。
本人はどんな未来を期待しているのか。
その二つにズレがないか。
入社時に一度確認して終わりではなく、働き始めてからも定期的に言葉にして確認する。
それだけでも、今回のようなすれ違いの一部は、もう少し早く見つけられるのではないでしょうか。
企業側の、
「まだ5か月」
と、
本人側の、
「もう5か月」。
同じ時間でも、その意味は大きく違います。
皆さんの会社では、
会社が考えている「この人の5年後」を、本人も知っているでしょうか。
そして、
本人が考えている「自分の1年後」を、会社は知っているでしょうか。



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